JOURNAL

【農園ダイアリー】
不可能と言われた
エーデルワイス栽培、
奇跡の始まり

Report

2026.09.04

【農園ダイアリー】不可能と言われたエーデルワイス栽培、奇跡の始まり

語り手:ラ・カスタ ナーセリー 担当スタッフ 坂﨑 勇人

澄んだ空気が心地よく流れる、長野県大町市にある私たちの自社農園「ラ・カスタ ナーセリー」。青葉が目にまぶしい季節になると、大切に育ててきたエーデルワイスが見事な最盛期を迎えて、白く可憐な花を咲かせてくれます。

今でこそ、当たり前のように美しく咲き誇っていますが、このエーデルワイスからオーガニックエキスを抽出し、商品へ配合できるようになるまでには、15年という途方もない歳月と、私たちの執念とも言える試行錯誤がありました。今回は、その始まりのストーリーをお話しします。

高山植物を化粧品へ。夢の始まりと高い壁

ことの始まりは15年前、創業者からの「高山植物を化粧品の原料に使えないだろうか」という提案でした。

 

当時、候補に挙がったのは私たちの会社名でもあるアルペンローゼをはじめ、イワベンケイ、エーデルワイスという3つの高山植物です。でも、繊細な高山植物の栽培への道のりは、一筋縄ではいきませんでした。

 

アルプスなどの厳しい高山環境に育つアルペンローゼや、長年試作を重ねたイワベンケイ。いずれも栽培への壁は想像以上に高く、実現には至りませんでした。

 

そうして模索を重ねる中で、大町の環境に調和してくれるかもしれない——そう思わせてくれたのが、エーデルワイスでした。この一輪に、高山植物の原料化という夢を託すことにしたのです。

 

 

専門家が言い渡した「栽培不可能」

当時の担当者が、残された可能性を信じてエーデルワイスの栽培を専門家に相談したものの、返ってきたのは非常に厳しい見解でした。私たちのナーセリーが位置する標高850メートルの地でエーデルワイスを育てるなんて現実的ではない、不可能だと言い渡されたのです。

 

エーデルワイス本来の故郷は、強い紫外線が降り注ぎ、雨が少なく乾いた土地でありながら、常に涼しい風が吹き抜ける高山地帯。一方で、長野の盆地に位置するナーセリーの環境は、梅雨特有のじめじめとした蒸れがあり、夏には厳しい暑さが待ち受けています。環境としてはどう考えても不向きでした。

 

一時はより標高の高い場所に土地を借りる計画もありましたが、さまざまな理由で頓挫してしまって。「それなら、この地の力を信じてやってみよう」――、そんな諦めきれない想いだけで、私たちの挑戦が始まったのです。

白いシートと手作業の土作り

まずは世界中から種を取り寄せ、地道な試験を開始しました。ドイツやイギリス、日本など異なる産地の種を蒔いて比較した結果、最も高い発芽率を見せてくれたのがドイツの種でした。

 

ですが、芽が出てからが本当の試練。どうすればこの標高850メートルで高山の環境を再現できるだろうかと悩み、黒いマルチシートを被せたり、稲わらを敷き詰めたりと何度も失敗を重ねたんです。

 

そうして辿り着いたのが、現在も使っている裏が黒く表面が白い「パンダマルチ」というシートでした。強烈な太陽光を反射して地温の上昇を防ぐ、まさにエーデルワイスの盾とも言えるシートです。

さらに大きな壁だったのが土壌です。実はこの場所、元々は水田地帯で、水はけが非常に悪い粘土質なんです。地中に深く根を張るエーデルワイスにとって、土の水分が多い環境は命取りになります。

 

だからこそ私たちは、土を盛り上げて畝(うね)を高く立て、少しでも水が下に流れて根に溜まらないよう、高山の環境に近づけるための盛り土を一つひとつ手作業で作っていきました。

大町がくれた風の恵み

環境も向いていない、土壌も住みづらい。それでもこの地でエーデルワイスが奇跡的に根付いてくれた背景には、この土地が持つ大きな恵みがありました。

 

私たちが最大の要因だと感じているのが、この立地を吹き抜ける風の存在です。朝晩になると山から涼しい風が下りてきて、川の方からも風が上がってきます。木陰に入った時に感じるような、すっと涼しい山風や谷風が、繊細なエーデルワイスの命を陰ながら助けてくれていたのだと思います。

 

専門家から「不可能だ」と断言された、まさに無謀とも言える挑戦。それでも諦めず私たちが知恵を絞って工夫を重ねた高い畝とパンダマルチ、そして大町の自然がもたらす涼しい風が奇跡的に出合ったことで、ついに標高850メートルの大地に白く可憐な花が咲き誇ったんです。

 

ですが、これは15年に及ぶ過酷な戦いの、ほんの序章に過ぎませんでした。


 

<第2回の農園ダイアリーは、9月中旬に公開いたします>

 

 

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